徒然ブログ

カテゴリ:彦馬を追え( 2 )

Chased Hikoma #2

 今日も30°近くまであがったんですが、早めに仕事を終わらせ市内へ散策。途中、好文堂書店にて、立ち読みで済ませるつもりが、本を一冊購入しました。

 

 さらっと流す程度で2ページを使って、上野彦馬の仕事に関する略歴を説明してました。学者タイプの努力家だったんでしょう。このページの最後に「撮影技術だけでなく、薬品の製造を自ら手がけるなど、機材から現像まで写真に関するすべての技術を化学的に解明しようとした。この点は同じ頃に開業していた日本人写真家と大きく異なるところである。」と〆くくってます。

 

 元々、絵師の家柄が幸いしているのか。撮影技術にも非凡な感じがします。セルフポートレートとしても秀逸な多重露光のトリック写真や遠近法を使った風景画などその片鱗が伺えます。専門家が人物の構図に関してはフランスの肖像写真に近いという下りもあります。光の使い方が時代ごとに異なっているという文献も何処かで目にしました。

参考文献・資料 旅する長崎学/近代化ものがたり 長崎文献社
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by cowboy_spike | 2009-05-14 20:27 | 彦馬を追え

Chased Hikoma #1

 立山公園で休息し、市内の風景を撮っていたところ第六感なのか変な思いつきが、6月1日が「写真の日」だし、いいタイミングかなと。上野彦馬を追ってみました。

 

 上野彦馬が自作の写真機で最初に撮影に成功したのが、安政5年(1858)興福寺の山門。この時のモデルは松本良順。 興福寺の山門は、上野彦馬が撮影した時と同じだそうです。横浜の下岡蓮杖が風俗・風景が専門のところ上野彦馬は人物撮影が得意だったようです。

 

 思いつきの発端となった風景、左手奥アンテナが立っている山頂付近で。明治7年(1874)12月、金星が太陽面を通過するため、その際最適な観測地にあたる日本に各国の観測隊が来訪。上野彦馬は天文学者ダビッドソンを隊長とするアメリカ隊に依頼され、日本初の天体観測写真を長崎の星取山(旧名:太平山)で約50枚の撮影に成功した。 (参照元:「ナガジン」)

 上:DMC-FZ2 下:DMC-LC5

参考文献・資料 上野一郎他監修「写真の開祖上野彦馬」 八幡政男著「幕末のプロカメラマン」
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by cowboy_spike | 2009-05-10 05:34 | 彦馬を追え